あるツイッターユーザーの投稿した「ご飯の食べ方」の作法が話題になっている模様です。
ネットでは「なっちゃない」「作法は大事」といった声が寄せられています。
ツイッタラー「こういうご飯の食べ方する人嫌い」
ツイッターユーザーの「むぎナス@mkamkaumai」さんが投稿した「ご飯の食べ方」の作法が16万いいね!を集め話題になっています。
この状態で「完食」とする人に対してどれだけお育ちに自信がある人であっても「アチャ~」と内心思わずにいられない。ご飯粒一粒にも神様が宿っているんや….? pic.twitter.com/Xe823giFJb
— むぎナス (@mkamkaumai) August 8, 2021
そして秋刀魚の塩焼きを美しく食べられる人は米粒を絶対残さない(安心と信頼のむぎナス調べ) pic.twitter.com/T9VWoF8maP
— むぎナス (@mkamkaumai) August 8, 2021
残すのは仕方ないにしても食べ方ってあるのでは?むしろどうしたらこういう風にお米が残るのだろうか…

この食べ方してる人をみると引きますね。私は絶対に一粒たりとも残さないです。

満腹で残すのは仕方ない。しかし写真の状態で完食とみなすのは悪ではないが個人的に相容れない。

むかしむかし、カトリック系の幼稚園に通っていたのですが、 「1粒3日」 (1粒につき3日間、天国の門の前で待たされる) と教えられました。語呂もよく今でも覚えてます。 子供ながらに、そんなに待たされては大変だ!と思いました。

お寺さんでいただいたご飯ですが、先輩檀家さん方のお作法で、最後に急須でお茶を少し注いでお米粒をきれいにいただいていました。

割りばし未使用じゃん。
これ主張するためにわざわざ再現画像撮ったのでしょうか?実際に食べ残した人のお茶碗を撮った感じはしませんが…
食事の作法
食事の作法については昔からさまざまなものがあります。
よく耳にするのが「米粒を残すと目が潰れるぞ」というもの。いまだに恐ろしくて米粒を残せないという人も少なくないようです。
また「お米一粒に7人の神様が宿っている」から、宿ってくれた神様と神様が宿るくらい丁寧にお米を作ってるひとたちに感謝しながら食べるというものです。
いずれも、無事にお米がつくれる環境を提供してくれた神様と、1年かけてお米をつくってくれた農家の皆さんに感謝しようというものです。
米を茶碗に残してごちそうさまする人の意見をまとめると…
・神様へのお供え
・最後の一粒まで執着するのは卑しい
・金払ってるから好きに食わせろ
・どう食おうが人の勝手
・残った米粒集めても数キロカロリーにしかならないし食べても食べなくても同じ
米を最後の一粒まで全部食べる人の意見をまとめると…
・農家の方に失礼
・お米には神様が宿っている
・普通に食ってたらご飯粒とか残らなくね?
・お茶を入れて粒をこそぎ落として食べればいい
・はぐれ米粒を回収しながら食べてる
・全部食べないと目が潰れると言われて育った
ざっとこんな感じです。
孫悟空の食べ方を見たら、範馬勇次郎はどう思うのでしょうか?とんでもないバトルに発展しそうですね…

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